アフリカ西部に位置するコートジボワール共和国。この国には、深い人生の知恵を宿した「A bi ni bi」(アビニビ)ということわざがあります。バウレ語で語られるこの言葉は、直訳すると「今日は今日、明日は明日」という意味を持ちます。一見シンプルなこの言葉の中に、アフリカの人々の人生哲学と智慧が凝縮されているのです。
言葉の起源と背景
バウレ族は、コートジボワールの主要な民族グループの一つです。農耕と商業を主な生業とし、自然と共生しながら暮らしを営んできました。「A bi ni bi」という言葉は、農作業のリズムと深く結びついていると言われています。
西アフリカの気候は、雨季と乾季が明確に分かれています。農民たちは、その日その日の天候に応じて作業を調整しながら、農作物を育ててきました。明日の天気を心配しすぎても仕方がない。今できることを精一杯やる―そんな農民たちの知恵がこの言葉に込められているのです。
現代的な解釈
この古くからの知恵は、現代社会においても重要な示唆を与えてくれます。
私たちは往々にして、将来への不安や過去への後悔に囚われがちです。「あのときこうすれば良かった」「この先どうなるのだろう」という思いが、現在の幸せや可能性を見えづらくしてしまうことがあります。
「A bi ni bi」は、そんな私たちに「今」を生きることの大切さを教えてくれます。明日のことは明日考える。今日は今日の課題に全力で向き合う。この単純だけれど力強いメッセージは、現代人の抱えるストレスや不安への一つの解答となり得るのではないでしょうか。
伝統的なエピソード
バウレの村々では、このことわざにまつわる興味深い逸話が語り継がれています。
若い狩人が、ある日の獲物の少なさを嘆き、翌日の不安を長老に相談したときのこと。長老は「A bi ni bi」と答え、こう諭したといいます。
「今日の獲物が少なくても、明日はまた別の日。今日は今日の分だけ持ち帰り、家族と分かち合おう。明日はまた明日の太陽が昇る。その時はその時の風が吹く。今日の心配で、明日の狩りの足を鈍らせてはいけない」
この物語は、物事を一日一日の単位で捉え、その日その日を大切に生きることの意味を教えてくれます。
現代のコートジボワールでの使われ方
現代のコートジボワールでも、この言葉は日常的に使われています。ビジネスの場面で予期せぬ問題が発生したとき、家庭での小さな失敗の後、あるいは友人との会話の中で。その時々の文脈に応じて、この言葉は人々の心を軽くし、前を向かせる力を持っています。
特に、2002年から2011年まで続いた内戦後の復興期には、この言葉が人々の心の支えとなりました。困難な状況の中でも、一日一日を大切に生きていこうとする人々の強さの源となったのです。
おわりに
「A bi ni bi」―このシンプルな言葉は、時代や文化を超えて、私たちに大切なメッセージを届けてくれます。過去に囚われず、未来を必要以上に心配せず、今この瞬間を精一杯生きること。そこにこそ、人生の真の豊かさがあるのかもしれません。
アフリカの地で育まれたこの知恵は、現代を生きる私たちにとっても、かけがえのない人生の指針となるのではないでしょうか。
コメント