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幸せの価格

AIショートショート

トシオは、いつもと変わらない朝を迎えていた。新聞を読み、コーヒーを飲み、出勤の準備をする。そんな日常の中、彼の携帯電話が突然鳴った。
見知らぬ番号からのメッセージだった。

「あなたの幸せ、買い取ります。詳しくは添付のリンクをご覧ください。」
トシオは怪しいと思いながらも、好奇心に負けてリンクをクリックした。
画面に現れたのは、シンプルなウェブサイトだった。
「幸せ買取サービス」と大きく書かれている。
説明によると、このサービスは人々の幸せな思い出や感情を買い取り、その代わりに現金を支払うというものだった。
トシオは半信半疑だったが、サイトには「お試し無料」の文字が。彼は試しに小さな幸せを売ってみることにした。
昨日食べたおいしいケーキの記憶を選び、送信ボタンを押す。
すると、不思議なことが起こった。ケーキの味や香り、食べたときの幸せな気持ちが、すっと頭から消えていったのだ。
代わりに、ポケットの中で500円玉が暖かくなる感覚。確かに、お金に変わったようだ。
トシオは驚いた。これは本当に幸せを売れるシステムなのか?
彼は次に、先月の昇進の喜びを売ってみることにした。今度は5万円の入金があった。
そして、昇進の記憶と喜びの感情が、霧が晴れるように消えていった。
トシオは戸惑いながらも、このシステムの可能性に心躍らせた。
彼は考えた。「もっと大きな幸せを売れば、もっとたくさんのお金が手に入るのではないか」
そして、彼は決心した。最愛の妻との結婚式の思い出を売ることにしたのだ。
送信ボタンを押す手が少し震えた。
画面に表示された金額は、1000万円。途方もない金額だった。

しかし、同時に恐ろしいことが起こった。
妻の顔が思い出せない。結婚式の情景が頭から消えていく。妻への愛情さえ、薄れていくような気がした。
トシオは慌てた。「やっぱり取り消したい」と思ったが、もう遅かった。
彼の銀行口座には確かに1000万円が入金されていた。しかし、大切な思い出と感情は戻ってこない。
その日から、トシオの生活は一変した。
豪華な車を買い、高級レストランで食事をし、ブランド品を身につける。周りの人々は彼の急激な変化に驚いた。
しかし、トシオの心の中は空っぽだった。
妻との生活は冷めたものになり、仕事への情熱も失われていった。お金はあるのに、心の満足が得られない。
ある日、トシオは公園のベンチに座っていた。
隣には老夫婦が座っていて、なにげない会話を楽しんでいる。
その光景を見て、トシオは胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
自分には、もうそんな幸せはないのだと。
その時、トシオのスマートフォンに再びメッセージが届いた。
「幸せ買取サービス」からだった。
「あなたの全ての幸せを買い取ります。最後の取引です。」
トシオは画面を見つめた。残された幸せなんてあるのだろうか。
しかし、確かに心の奥底に、かすかな温もりを感じる。
幼い頃の家族との思い出、初恋の甘酸っぱさ、友人との絆…。
これらを全て売れば、いったいいくらになるのだろう。
トシオの指が送信ボタンの上で震えた。
しかし、その時、公園で遊ぶ子供たちの笑い声が聞こえてきた。
トシオは我に返った。幸せは売るものではない。大切にするものだ。
彼はスマートフォンの電源を切った。
そして、久しぶりに妻に電話をかけた。
「今日は早く帰るよ。一緒に夕食でも食べに行かないか」
妻の声には少し戸惑いが混じっていたが、「ええ、いいわよ」と答えてくれた。
トシオは立ち上がり、家路についた。
失った幸せは取り戻せないかもしれない。でも、これからまた少しずつ、新しい幸せを作っていけばいい。
お金では買えない、本当の幸せを探す旅が、ここから始まるのだ。
その夜、トシオと妻は小さな定食屋で夕食を取った。
高級レストランではないが、妻の顔を見ながら食べるその味は、トシオにとって何よりも贅沢なものに感じられた。

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