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時の商人

AIショートショート

エス氏は、いつもと変わらない朝を迎えていた。いつものように新聞を読み、コーヒーを飲み、出勤の準備をしていた。しかし、玄関を開けた瞬間、彼の日常は一変した。
ドアの前に立っていたのは、奇妙な出で立ちの男だった。頭には古びた山高帽、体には時計の文字盤が描かれたスーツ。そして、手には大きな懐中時計を持っていた。
「おはようございます、エス様。私は時の商人と申します」
エス氏は困惑しながらも、礼儀正しく応じた。「おはようございます。時の商人とは…?」
男は微笑んで答えた。「私は時間を売る商売をしております。お客様の人生に必要な時間を提供させていただきます」
エス氏は半信半疑だったが、興味をそそられた。「時間を売る?それはどういうことですか?」
「例えば、仕事の締め切りに追われているときに数時間欲しいとか、大切な人との時間をもっと持ちたいとか。そういった願いを叶えるのが私の仕事です」
エス氏は考え込んだ。確かに、彼には欲しい時間がたくさんあった。仕事に追われる毎日で、家族との時間も十分に取れていなかった。
「では、家族と過ごす時間を1日分欲しいのですが」
時の商人は懐中時計を取り出し、にっこりと笑った。「承知いたしました。代金は、あなたの将来から1日分いただきます」


エス氏は驚いた。「将来から?それはどういう意味ですか?」
「簡単に言えば、あなたの寿命が1日短くなるということです」
エス氏は躊躇した。しかし、家族との大切な1日を思い浮かべ、決心した。「わかりました。その条件で構いません」
時の商人は懐中時計を操作し、エス氏に渡した。「では、この時計の針が一周したら、extra dayの始まりです」
エス氏は時計を受け取り、針が動き出すのを見つめた。そして、針が一周したとき、彼の周りの世界が一瞬静止したように感じた。
次の瞬間、エス氏は家族と楽しい1日を過ごしていた。遊園地に行き、美味しい食事を楽しみ、夜には星空を眺めながら語り合った。長い間忘れていた家族との幸せな時間だった。
しかし、その日が終わると同時に、エス氏は激しい疲労感に襲われた。まるで、体から何かが抜け取られたかのような感覚だった。
翌日、エス氏は再び時の商人と出会った。
「いかがでしたか、エス様。素晴らしい1日を過ごせましたでしょうか」
エス氏は笑顔で答えた。「はい、本当に素晴らしい時間でした。ありがとうございます」
時の商人はにっこりと笑い、「では、またお会いしましょう」と言って立ち去ろうとした。
その時、エス氏は思わず尋ねた。「あの、もし可能なら…もう1日欲しいのですが」
時の商人は立ち止まり、エス氏をじっと見つめた。「もちろん可能です。しかし、代償はご存知ですよね?」
エス氏は躊躇したが、家族との幸せな時間を思い出し、頷いた。
そして、エス氏は再び家族との素晴らしい1日を過ごした。しかし、その後の疲労感は前回よりも強く、体が重く感じられた。
それでも、エス氏は時の商人から時間を買い続けた。仕事の締め切りのための数時間、友人との再会のための半日、そして家族との時間…。
気がつけば、エス氏の姿は急速に老いていた。髪は白く、皺は深くなり、体は弱々しくなっていった。
ある日、エス氏は鏡を見て愕然とした。まるで、人生の大半を飛ばしてしまったかのような姿がそこにあった。
その時、時の商人が現れた。
「エス様、もう時間の購入はおやめになったほうがよろしいかと」
エス氏は苦笑いを浮かべた。「そうですね。でも、後悔はしていません。家族との時間は何物にも代えがたいものでしたから」
時の商人は静かに頷いた。「そうですか。では、最後にこれを」
そう言って、時の商人は小さな砂時計をエス氏に渡した。
「これは?」とエス氏が尋ねると、時の商人は答えた。「あなたの残り時間です」
エス氏は砂時計を見つめた。上部にはわずかな砂しか残っていなかった。
「私の仕事は、人々に時間の大切さを教えることです。あなたは、その意味を理解されたようですね」
時の商人はそう言って、静かに姿を消した。
エス氏は砂時計を握りしめ、残された時間で何をすべきか考えた。そして、彼は決意した。家族のもとへ帰り、最後の時間を大切に過ごすことを。
砂時計の砂が落ちきる前に、エス氏は家族に囲まれ、幸せな笑顔で目を閉じた。
彼の人生は短くなったかもしれない。しかし、その分だけ濃密で、愛に満ちた時間だった。
時の商人は、遠くからその光景を見守っていた。そして、静かにつぶやいた。
「時間は買えても、幸せは買えない。それを理解できた人だけが、本当の幸せを手に入れられるのだ」
そう言って、時の商人は次の客を探しに、静かに歩み去っていった。

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